Zippo Speciality Nakamura
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待ちに待ったアメリカスワップミート開催!・・・の前の日に会場に乗り込んでみればすでに当日さながらの盛り上がり!


コレクター同士のトレードやら売買が盛んに行われていた。


会場をちょっと抜け出してジッポーがつくられていく工程を実際に見れる工場見学へ。




中は撮影禁止なのでお見せできないが、機械に頼りきらない、人の手作業の多さには感心させられる。

オイル缶製造工程も見学したが、出荷前の最終段階のチェックとしてオイル缶が詰められたダンボールは 上下さかさまにして一週間ほど保管されるそうだ。

これはオイルの漏れがないか確かめるためである。
夕方からはケース社の工場横の広場でブース出店者及びジッポー関係者のみの前夜祭が!
ブッフェスタイルの食事でもてなされる中、注目のオークションが始まった。
その中でも注目の一品はブレイズデル初代社長の紋章が型押しされた18k純金ジッポー、 世界限定300個のうち、No.70。
落札価格はたしか6,250ドル(約75万円)だった。
No.1〜7はジッポー関係者(オーナーetc.)
さすがに、本場のオークションは迫力があり盛り上がった。
2002年7月19日アメリカスワップミート初日、朝一にビジターズセンターで記念ジッポーが発売されるので早朝5時に起きて会場に向かったが そこにはすでに長蛇の列が・・・。

1人2個だけの割り当て販売なのに瞬く間に売り切れてしまった。

明日も販売されるというので、それに期待することで気をとり直して会場へ・・・。
そこはもうZIPPO Zippo zippoの世界。
今回でアメリカスワップミートへは3回目の参加だが、毎回興奮してしまう。
ジッポーカーやトラックの荷台はもちろん、
今回のスワップミートの広告が載っている新聞の手動式販売機や

「19.July.2002」という消印が、アメリカ国旗柄の切手に押印されている

『70周年記念 消印封筒』を販売する簡易郵便局が、今年も登場。
安全面でも怠らないジッポー社は、消防車まで常駐させていた。 テントの中は、昨日にも増して大勢のファンであふれていた。
昼からジッポー社の本社にあるデザイン課を見学させてもらった。
奥には棚が整然と並んでおり、ここに過去のデザインの版下がすべて保管してあるそうだ。

あなたが大好きなジッポーの柄の原版もここにあるはずです。

2日目の朝は昨日の反省をふまえて4時に起きて並ぶ事にした。
景色も頭も薄暗い朝もやけの中会場に着いたが、ビジターセンターの前にはすでに4人のアメリカ人が!

先を越された!と思いつつも記念ジッポーが手に入ったので一安心・・・。
そして朝6時になったら消えてしまうビジターセンターの上の 大きなジッポーのイルミネーションをみることができただけでも この日の早起きは三文以上の得であった。

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会場ではエアーブラシアーティストのマージーによるボディーペインティングが行われていた。
そのマージーの作品はナカムラの店頭で大人気。 →マージー作品の購入はこちらから
2年前の出会いもお互いに記憶があったが、この日は、コレクターの方の計らいで、ジッポーにサインをしてもらい、一緒に写真を撮ってもらった。
数年ぶりの再開も果たせた。
ジッポー社のオーナー、ジョージ・デゥーク氏 重臣フェッセン・マイヤー氏
現社長のグレゴリー・ブース氏 副社長のマイク・マーチン氏
1983年、当時の社長ボブ・ゲリー氏と共にナカムラに来店した副社長フェッセン・マイヤー氏に当時4歳だった娘が花束を渡した・・・

そして今回の訪米で19年ぶりに再会することができた。

・・・娘はぼんやり覚えているだけだったが、彼は娘の事をよく覚えていてくださって、
その時の写真を今も枕元に飾ってくださっているという。
彼は何も言わずにこやかに、娘の手に2ドル札を忍ばせた。
この2ドル札にはエピソードがあり、

入社間もない彼が創業ブレイズデル氏から「よくやってくれているから」と、 幸運をもたらすとされる2ドル札をもらって以来、彼もそれを継承しているという。

彼は「大きくなったねぇ」と言いながらそのような素敵なものをくださったのだ。
それを父親の私は指をくわえて見ているだけだった・・・

今回のスワップミートも大変すばらしいものだった。
規模は前回より小さく感じられたとはいえ、 ジッポーを愛する人の多さ、こんなに多くのひとが愛してくれているからこそ成り立つジッポーの歴史に勝手に誇りを感じつつ、 会場をあとにした。
 



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